『人工知能のアルゴリズム』
小野寺 優元
2045年。人工知能は人間の頭脳を超えるという予想があります。これを人間社会で将来予想される大変革を視野に入れ、現代社会の再考を促す言説ととらえ、この29年先の展望台から、「サイトスペシフィックアート」を主題として東京電機大学 埼玉鳩山キャンパスの森の中で開催されている国際野外の表現展の意義について遠望してみたいと思います。
産業革命以降、人間社会は科学技術を発展させ、様々な肉体労働から人間を解放してきました。現在の私たちの仕事の多くが人工知能を装備したロボットによって代替されてしまう2045年社会における人間がなすべき仕事とはどのようなものなのでしょうか。人間は長年にわたり可能なかぎりの試行錯誤を重ねてきました。そしてそこで得られた経験値はビックデータとしてクラウドに蓄積されています。人工知能は、市場、需要、不動産価格、外国為替などの予測や様々な因果関係を解明するとき、クラウドに蓄蔵された多量なデータを超高速で解析し、各々の問題を安定的かつ高い確実性をもって判断します。このような人工知能は、その中枢にアルゴリズムという問題を解決するための定理を備えているのです。
ここで仕事(work)の対義的な意味であるplayという概念を〈前向きに、束縛を取り払って心を解放すること〉という意味に限定すると、playは人間に喜びを与えたり、創造性を追求したりするなど、効率を求めない行為であり、人工知能の目指す方向とは異なる行動であることになります。人間の頭脳には、未だ十分に解明されていませんが、人工知能のアルゴリズムとは全く異なる、合理性や効率を求めない問題解決定理があるとされ、その定理が人間の精神活動や心のあり方を支配し、playや芸術とりわけアートの表現はこの未知のアルゴリズムに依拠した営為であり、人間性の本質を求める広大なフィールドを一歩一歩探険していくアーティストのイメージが浮かんできます。
サイトスペシフィックアートは、その〈場:サイト〉に付着しているその場所固有の歴史、文化、風土さらに具体的には伝承、信仰、暮らし、祭り、地形、水脈、風向、植生、土壌といった大地に積層した情報をアーティストが受信し、自らの心の奥底に染み付いて離れないオブセッショナルな感性で解読し表現するアートです。このように判断の根拠となるデータの在り処が、文字どおり雲と大地と全く異なるサイトスペシフィックアートは、人工知能にとって解析不可能な存在だと思われます。人工知能は人間社会を表面的に安定した社会に近づけることは可能でも、人間の心の満足や豊かな精神活動をもたらしてくれるとは思えない点は、どこか現代の利便性追求の象徴であるコンビニエンスストアの存在と似ているような気がします。
2045年という近未来の特異点から現代を見たとき、人間がすべきことの最も基本的なことは、様々な他者からの桎梏に苛まれながらも、思考を停止しないことです。私たちが、アート作品に潜在するアーティストの個人としての思考過程を観得し、その思考を自らの心の奥底に導き、それによって新たな視座や思想がかたちづくられたとき、私たちの心は充実し、アートは役割を果たしたことになります。本来的に非効率なアルゴリズムに基づく精神活動というものがその存在の大きな部分を占める人間という生物にとって、人工知能が関与する仕事は表層的なものに限られるでしょう。そして人工知能の能力が発達すればするほど、人工知能とアートの差異は拡大し、アートの存在意義は高まると思われます。人間という生物の能力や機能のうち、感性だけが年令を重ねても敏感になる可能性を持っています。人工知能から非効率でおろかな存在と白い目で見られる人間にとって、アートは不可欠で有意義な存在と位置づけアートを楽しんでもらいたいと思います。
最後になりましたが、「国際野外の表現展2016‐17」の開催にあたり、多大なご支援とご協力を賜りました関係各位に対し、心より感謝申し上げます。
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